「103万円の壁」(所得税の課税最低限)は低過ぎる? 中国の個人税制との比較

お金の話

最近日本で話題のいわゆる「103万円の壁」(所得税の課税最低限)。中国にも似たような「壁」が存在するので、紹介してみたいと思います。議論の参考になれば幸いです。

中国における「壁」

中国にも「所得税」が存在し、所得があれば日本と同じように累進課税の表に従って課税されます。会社員や公務員等のいわゆる勤め人であれば、給与受け取り時に源泉徴収され、毎年春にスマートフォンのアプリで適宜追加で各種控除に関する情報の入力をして、税金の還付を申請するのが一般的です。この手続きは全てスマホ上で完結し、手続き後1週間程度で還付金が自ら指定した銀行口座に振り込まれます。要は確定申告をするのが日本よりもはるかに一般的な社会なので、個人税制に関しては非常にわかりやすくデザインされています。

日本におけるいわゆる「103万円の壁」のような所得税の課税最低限は中国にも存在します。中国では「基礎控除」のみで「給与所得控除」は存在せず、その額は「5千元(約10万円)/月」、年間だと「6万元(約120万円)」となります。したがってこの額が中国においては納税義務が生じる「壁」となっています。

充実した各種控除

中国では基礎控除による「6万元(約120万円)の壁」を超えたら即課税されるのかと言うと、実はそうではありません。基礎控除以外に様々な控除が存在し、それらがかなり充実しています。2023年度の所得に対して適用が可能であった控除には以下のようなものがありました。

<扶養控除(60歳以上の親)>
自身が一人っ子なら「3千元(約6万円)/月」、年間だと「3.6万元(約72万円)」。
兄弟がいる場合は割合を決めて配分、上限は「1.5千元(約3万円)/月」、年間だと「1.8万元(約36万円)」。

<扶養控除(大学院博士課程までの子供)>
父母のどちらか一方で申請する場合は「2千元(約4万円)/月/子供一人」、年間だと「2.4万元(約48万円)/子供一人」。父母それぞれが50%ずつ享受することも可能。

<家賃控除>
直轄市等の大都市なら「1.5千元(約3万円)/月」、年間だと「1.8万元(約36万円)」。
市内の人口100万以上の中堅都市なら「1.1千元(約2.2万円)/月」、年間だと「1.32万元(約26.4万円)」。
それ以外なら「8百元(約1.6万円)/月」、年間だと「9.6千元(約19.2万円)」。

中国ではほとんどの人が非課税?

まず結論から言えば、中国ではほとんどの国民が非課税と言っても言い過ぎではないのかなと思います。そのくらい「所得税の課税最低限」、いわゆる「◯◯円の壁」が高いです。

上で紹介した通り、基礎控除は「5千元(約10万円)/月」、年間だと「6万元(約120万円)」となっているわけですが、多くの労働者の給料は間違いなくこの額を下回ります。

李克強さんが2020年5月に「月収1,000元(約2万円)の人民が6億人いる」と言った件は日本でもよく知られていますが、これには赤ちゃんや無職の高齢者も含まれているため、実際の数字はそこまで低くはありません。とは言え、それを考慮しても月収2千元台くらいの労働者が3~4億人くらいいるのは間違いないわけです。基礎控除の額までにはまだだいぶ差があります。

先日、大型ショッピングセンターの中にあるレストランを訪れた際に求人募集を見かけたのですが、ホールスタッフの募集で月給3,000~4,000元(約6~8万円)と書かれていました。その辺にいる一般の労働者の給料は現在でもその程度なのです。もう少し給料の高い仕事もあるかとは思いますが、何年も中国で暮らしている者の肌感覚として、ほとんどの労働者の月給は6千元(約12万円)未満ではないでしょうか。このくらいの範囲内であれば、基礎控除と家賃控除の組み合わせだけでも非課税となります。

例えば私のような大学の教員でも、若い講師などであれば非課税となる可能性が高いです。例えば、子供が一人、60歳以上の親が一人で、中堅都市にて賃貸物件に住んでいる場合、控除の合計は以下のようになります。

「5,000 + 2,000 + 1,500 + 1,100 = 9,600元/月」(約19.2万円/月)
年間では「11.52万元」(約230.4万円)

もちろん大学にも依りますが、アラサーの講師だと年収がこの範囲内に収まるケースは多いです。日本では、大学教員というか、フルタイムで働いている労働者で年収が課税最低限を超えない人などいないわけで、日本と中国では極端に状況が異なることがよくわかります。

豊かそうに見える中国人

「爆買い」なんて言葉が何年か前に話題になったわけですが、そういった言葉が聞かれなくなった最近でも、日本では中国人観光客をたくさん見かけることかと思います。日本にいる日本人の方々から見たら、中国人は皆リッチに思えるのではないでしょうか。ただ、その辺にいる一般の中国人の所得は決して高くはありません。帰国する度に思いますが、日本人は皆小綺麗な服を着ていて、皆iPhoneを持っていて、普段中国で暮らしている私からしたら日本人は皆非常に裕福に見えます。

ただ、中国の高給取りは日本のそれ(例えば年収1,000万円?)とは次元が違います。先ほどの大学教員の話に戻ると、年収200万円程度の講師も山ほどいますが、年収がその10倍の2,000万円くらいの教授も中国には山ほどいます。一部の人間が富を総取りする、そういう社会なのです。そもそも人口が日本の10倍以上もあるわけで、「極少数」でも我々からすると「大勢」に見えるわけです。

日本をどういう国にしたいのか?

「103万円の壁」(所得税の課税最低限)の見直しの話に戻りますが、日本が今やろうとしていることは、個人的には非常に中国的、ないし社会主義的に思えます。税収の大幅減など日本政府が受容できるはずがなく、余裕のある層への増税とセットで実行されるのでしょうから、仮にそうであるならば、中国のやり方に似ているなと思うわけです。

雑な言い方をすれば、
「経済的にカツカツな層からはもう税金は取らない。余裕のある人たちにその分多めに負担してもらう。それが相互扶助というもの。」

ただ、「178万円」への引き上げではちょっとショボい気もします。上述の通り中国では基礎控除が年120万円ほどあるわけですが、そもそも物価も給与水準も日本とは極端に異なります。500mlのペットボトルのコーラが3元(約60円)で買えるわけで、大雑把に言っても2.5倍ほど日本では何もかもが高いわけです。ですから、所得税の課税最低限を「120 * 2.5 = 300 万円」くらいに引き上げてようやく中国と同じ水準になると言えるのかもしれません。

ちなみに、医療や年金等の社会保障に関して言えば日本の方がはるかに手厚いので、以上のような社会保障を無視した議論は乱暴ではあります。ただ、中国で暮らしている日本人としては、そんな見方もできる、という話です。

私も若い頃は、「低所得者は怠慢なだけ」、「高所得者はそれだけ努力したということ」なんて思っていました。ただ、社会人生活も長くなり、いろんな現実を知り、そんな考え方は絶対に間違っていると今は自信を持って言えます。

人間には「先天的な能力」における個体差があります。日々大学という場で教育に携わっていて思うわけですが、頭が良い人間というのは間違いなくいるし、頭が悪い人間というのも間違いなく存在します。頑張れば何とかなることばかりではないし、最近個人的には「頑張れることもある種の才能」なのではないかとすら思っています。

あとは、「親ガチャ」なんて言葉に象徴されるような「運」も高所得者になるためにはある程度必要だと言わざるを得ません。東大生の親の年収は高い、なんていう話があるわけですが、まあそうだろうなと、多くの方は思えるのではないでしょうか?

長くなってしまったのでこの辺で筆を置こうと思いますが、私は「富の再分配」の促進には基本的には賛成です。年収300万円未満の人から税金を徴収して、貧しい人をさらに貧しくするのは悪手に思えてなりません。ただ、少子化対策や国防、科学技術分野には十分な予算を用意して欲しいので、税収を減らすことには基本的には反対です。

ということで以上、私見も多々混ぜてしまいましたが、この手の税制に関する見直しというのは、どのような国にしたいのかという「国のデザイン」にも関連した話だと思うので、議論が盛り上がると良いなと個人的には思っています。なかなか他国の税制を知る機会はないかと思うので、ここでご紹介した内容がちょっとした参考になれば嬉しいです。

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